不動産を売却するにはまず一括査定サイトなどから不動産業者へ査定依頼を行い、その後目ぼしい業者を選別して売却仲介を依頼するのがセオリーです。
不動産業者による査定は無料で受けることができるので、費用的な負担はありません。
一方、今回のテーマとなる「不動産鑑定」は有料で受けるもので、不動産業者による無料査定とは全く異なるものです。
この章では、無料査定と似ているようで全く違う「不動産鑑定」について、不動産売却の流れを詳しく解説していきます。
「不動産鑑定」とはどんなもの?
まずは不動産鑑定の概要を確認します。
不動産鑑定とは、「不動産の鑑定評価に関する法律」に基づき、不動産鑑定士という資格者が対象不動産について鑑定を行い、価値の評価を行うものです。
対象不動産について、後で述べる要因分析など高度な手法を用いて様々な角度から評価し「不動産鑑定評価書」を発行してくれますが、これが高度の証拠能力を有するために裁判資料などとしても利用できます。
不動産鑑定評価書はこのように高い専門性によって内容の正確性を保証しなければならないため、不動産鑑定士以外の者が作成することは法律で禁止されています。
この点、不動産業者が行う査定では「不動産査定書」などの名称になりますね。
資格者以外は法律で規定されている「不動産鑑定評価書」を発行することはできないからです。
ただ有料無料の違いはあっても、不動産業者による無料査定でも同じように不動産価値を評価して数字化してくれるわけですから、実質的な違いは分かりづらいかもしれませんね。
次の項で両者の根本的な違いを見てみましょう。
不動産鑑定と無料査定との違いは?
不動産鑑定は不動産の価値を正確に算出することが目的であり、そのために国家資格者たる不動産鑑定士が持てる力の全てを動員して鑑定を行います。
そこには不動産業者のように「仲介契約を取りたいから少し高めに査定を付けようかな」とか、「今月はノルマがきついからもっと契約を取りたいな」など、営業的な要素は入ってきません。
不動産業者は無料で査定をしてくれる点で大変ありがたいのですが、それはあくまで営業の為であり、ビジネスの要素が多分に入ってきます。
▼無料査定の方法については下記の記事で詳しく説明しています。
不動産の査定方法!机上査定と訪問査定の違い!どれくらいの時間がかかるのか?
不動産の正確な価値を算出することよりももっと大事な目的があるわけですね。
不動鑑定士が行う鑑定は営業的な要素はなく、不動産の正確な価値を算出することが最大で最終の目的となります。
これが故、不動産鑑定士が作成する不動産鑑定評価書は客観的で適正な不動産の価値を証明するものとして、裁判の証拠などにも採用されるわけです。
当然、対象不動産に対して客観的で適正な評価を施すには専門的で高度な知識を有していなければなりませんので、不動産鑑定士は一般的な不動産業者の担当者などよりも専門性が深くなければなりません。
これが国家資格という制度で担保されるということですね。
不動産鑑定士ってどれくらいすごいの?
国内で唯一不動産鑑定を行える不動産鑑定士は、不動産関連の資格の中では最難関の資格であり、司法試験や公認会計士など他分野の難関資格と同レベルの難易度があるとされています。
不動産分野では有名な宅建士資格がありますが、難易度では競争にならないくらいの開きがあります。
不動産業者には一定数の宅建資格者が設置されていますが、これとは比較にならないくらい不動産鑑定士は高度の知識を有しているので、不動産に関係する人であればあこがれの存在です。
試験合格のためには各種法令はもちろん、経済学や会計学、行政法規など多方面の学問領域をカバーしなければならず、しかも試験に合格すればすぐに不動産鑑定士として登録できるわけではありません。
一定の実務修習を経て、終了考査に合格してやっと不動産鑑定士として登録が許され、資格者としての活動が可能となります。
こうして活動が許された不動産鑑定士は不動産鑑定事務所を開設したり、そこに勤めたりして、鑑定依頼を受けるということになるわけです。
では高度に専門的な不動産鑑定とはどのような手法で行うのでしょうか?
次の項で見てみましょう。
不動産鑑定の手法
不動産鑑定では主に3種類の手法があり、必要に応じてこれらを併用することで多方面からの評価を可能にしています。
原価法
対象不動産について、もし一から調達するとしたらいくらかかるのか、という目線で評価を行うのが原価法です。
建物の場合であれば、同じ建物を今建てるならいくらかかるのかという目線で評価します。
ただし建物は経年劣化があるので、再調達原価を求め減価修正を行うなどの補正が入ります。
土地も基本的に同じ考え方で行いますが、すでに市街地となっている土地は再調達原価を求めることができないので原価法は適しません。
取引事例比較法
近隣地域における多数の不動産取引の中から、対象不動産と比較的条件が似た取引を抽出して比較する方法です。
ただし個別の取引はそれぞれ色々な事情がかみ合わさっているため、これをそのまま取り入れることはできません。
例えば、取引が活発な地域であるのか、それとも過疎地域での取引なのかなどの地域的要因や、建物の築年数はどうなのかなど個別的要因を考慮し、さらに時点修正や事情補正なども行う必要があります。
時点修正は、例えば取り引き当時の物価はどうであったのかを考慮し、評価する時点と比べて異なる場合は補正を加えます。
事情補正では、例えば個別の取引で取引当事者に売り急ぎの事情はなかったかなどを調べ、その事情について補正を行います。
収益還元法
その不動産が将来的に生み出すことが期待される利益を考慮して評価する方法を収益還元法といいます。
賃貸用の不動産や事業用の不動産の評価に特に有効な方法で、賃貸に出してどれくらいの利益を得ることができるのか?という視点に立って評価を行います。
収益還元法には直接還元法とDCF法の二種類があり、前者は単年度の純収益を還元利回りで除すことによって、後者は保有期間の純収益と復帰価格(売却益まで考慮したもの)を現在の価値に換算して合計する方法です。
不動産鑑定の実際の手順
不動産の種類に応じて、前項で述べた手法により不動産鑑定を行いますが、実際の鑑定には様々な資料の収集と整理が必要です。
ここでは、不動産鑑定士がどのような手順で仕事を遂行していくか、流れを簡単に確認します。
これを見るだけでも、不動産鑑定士がどれだけ徹底した仕事をするのかが分かります。
不動産鑑定は公正妥当を欠くことが合ってはなりませんから、鑑定を的確に行うための各種の資料の収集が必要です。
資料は以下のようないくつかの種類に分けられます。
- 確認資料
不動産の物理的な態様や権利関係の確認に必要な資料で、不動産登記簿、図面、写真や地図などがあります。 - 要因資料
不動産の価格形成に影響する各種の資料を要因資料と言います。
具体的には、国勢調査や景気動向指数、基準割引率や物価指数などの各種の指数、あるいは自治体の都市計画や関係する条例などがこれにあたります。 - 事例資料
前項で説明した鑑定手法を実際に実施するために必要な資料で、不動産の取引事例や建設事例、収益事例、賃貸借の事例などがあります。
収集した各種の資料は全て今回の鑑定に適しているかどうか改めて検討し、妥当性のある資料だけを選別しなければなりません。
偏向が無く信頼性に問題がないかどうかを改めて確認する作業が入ります。
不動産鑑定士は、職業専門家として価格形成要因を分析し、不動産の価値を評価しなければなりません。
不動産の価格を形成する要因は多方面からの考察が必要で、人口の動向や物価、金融財政の動向など一般的な要因と、商業地、工業地などエリアの種類や地域の特性等が絡む地域要因、土地の形状や経営状況などの個別的要因を全て考慮して、総合的な要因分析が必要になります。
以上のような手順を経て様々な角度から不動産を鑑定するのが「不動産鑑定」です。
鑑定により作成される不動産鑑定評価書には、不動産鑑定士が職業専門家として署名押印しなければならないことになっています。
これで、万が一適当な仕事をしたり、恣意的な評価をした時にはその不動産鑑定士個人に責任が及ぶことになります。
一般のサラリーマンであれば、簡単なミスなら会社がその責任を負ってくれますが、不動産鑑定士は個々人が職業専門家ですから、どこかの不動産鑑定事務所に勤めていたとしても、鑑定にミスがあれば職業専門家として責任を追及される可能性が出てきます。
不動産鑑定評価書は裁判資料として証拠能力も有するほどの力を持つとお話しましたが、これも不動産鑑定士の専門能力があってこそということですね。
不動産鑑定はどんな時に利用するの?
不動産鑑定は上述してきましたように、不動産鑑定士によって特別に精度の高い不動産評価を受けることができます。
ただ、次の項で料金についてもお話しますが、有料でしかも安くない費用がかかるので、その必要性がある時に限り利用すべきものです。
個人の方が普通にマイホームを売るようなケースでは不動産業者の無料査定で十分でしょう。
それでも、個人の方も不動産鑑定が必要にある場面はありますし、他の専門家も受任事件で必要があれば鑑定を依頼することになります。
例えばどんな場面で不動産鑑定が利用されるのか見てみましょう。
- 相続事案において、遺産分割や遺留分の請求額を算出するために不動産の正確な価値を知りたい時
- 離婚事案において、財産分与などのために不動産の正確な価値を知りたい時
- アパートやマンションのオーナーが、家賃や地代の値上げ交渉の際に、提示額が適正金額であることを相手方に証明したい時
- 裁判で係争中、あるいは裁判外で他人と金銭的な争いがある場合で、関係する不動産の正確な価値を判定する必要がある時
- 税理士が相続税の計算をするために、相続財産たる不動産の正確な価値を知りたい時
- 税理士が不動産売買に絡む税金の算出の際に、節税的な視点で不動産の価値を知りたい時
- 弁護士が裁判の中で不動産の正確な価値を裁判官に証明する必要がある時
- 企業が不動産を用いた取引を行う際に、適正な不動産価値を知りたい時
不動産鑑定の申し込み方法や料金は?
不動産鑑定にかかる費用は一般的に数十万円~百万円程度までとかなり開きが出ます。
報酬額は各鑑定事務所等が自由に決めることができるので、正確なところは各事務所に確認する必要がありますが、基本的には鑑定する不動産の評価額が高くなるほど報酬額も高くなります。
個人の方がマイホームの鑑定などとして利用する場合、かなり大ざっぱな目安ですが30万円~50万円程度が相場になるものと思われます。
評価にかかる手間や時間、作業量が増えるほどに報酬が高くなる方向になるので、個別のケースでどのくらいの料金になるのか問い合わせが必要です。
不動産鑑定を依頼するには、どこの事務所に申し込むのかを決めなければなりません。
個別の事務所を一から探してもいいですが、現在はまだ一般の不動産業者のように不動産鑑定士事務所の一括査定サービスというものがありません。
従って自分で探す場合は自ら能動的に動いて一つ一つの事務所を探し、検討する必要があります。
これが面倒であれば、各都道府県に設置されている不動産鑑定士協会に相談するのが便利です。
各地の不動産鑑定士協会では無料の相談会も開催しているので、気軽に利用することができます。
無料相談を入り口にして、実際に鑑定を依頼する場合は個別の事務所を紹介してもらうことができます。
まとめ
この章では「不動産鑑定」について、無料査定との違いや使い分けなどについて見てきました。
決して安くはない有料の鑑定ですので気軽に利用できるものではありませんが、必ずしも売却を前提とせず、何らかの理由で不動産の正確な価値が知りたい時に利用するのか不動産鑑定です。
対外的な証拠能力も発揮する不動産鑑定は、不動産鑑定士が重い責任を背負ってなされる業務であり、実際の鑑定作業は緻密で骨の折れる工程となります。
利用する頻度はそれほど多くならないと思いますが、相続や離婚の他、不動産の正確な価値を知る必要が出てきた時には「不動産鑑定」という方法があることを覚えておいてください。